Home > Archives > 2011-12-10

2011-12-10

皆既月食チャレンジ

皆と別れて、急ぎバスに飛び乗った。バス停で上を見上げたら、もう部分月蝕は始まっている。マズい、あと少しで皆既月食が始まってしまう。こんなに急げ急げと念じながらバスに乗ったのは初めてだ。

時間ギリギリで事務所帰還。荷物を放り込んで三脚を引っ張り出し、近所の駐車場までダッシュ。携帯の明かりを頼りにセッティング、さあ月は何処だ、と思ったら真上にいらっしゃった。うわあ、一番撮影し辛いポジションだ。必死に場所を変えて、撮影しやすい場所を探る。どうにか良い場所を見つけて、後はひたすらシャッターを切るのみ。

僕のD7000には、18-200mmのレンズしか付いていない。上記の画像は、ズームを一杯に伸ばして撮影したものを50%に縮小したものだ。F5.6、1/4秒、ISO800。ピントが厳しかったので、Photoshopでアンシャープマスクを少しだけかけている。勿論レベル補正も。このレンズでは、これくらいが限界だろう。折角なので、色々と設定を変えながら撮影してみたが、これもなかなか厳しいものがあった。それより当たり前の話なのだが、固定したフレームからどんどん動いていく月が面白い。天体って凄いなあと、改めて感じさせられた。

皆既月食が終わった後の部分月蝕も撮影してみた。こちらは明かりも十分あるので鮮明に写っている。もっと暗い場所で観測していれば、皆既月食も綺麗に撮影出来たのかもしれない。まあそれは、次の楽しみにしておこうと思う。あと、良いレンズが欲しい。300mmくらいのを。

ハワイのNさん独壇場

店の片付けを済ませて、京阪三条へ。今日はアクセサリのOさん主催のトワ会だ。久々に色んなメンツと顔を合わせられるのと、今日はもう二つ喜ばしいニュースがある。一つは、ネイリストのMさんの創業。もう一つは、また時期が来たらお知らせしようと思う。

ともあれ、アートメイクのYさん、Yさんの妹さんでペーパークイリング作家のAさん、姿勢セラピストのOさん、ネイリストのMさん、ハワイの焼き菓子職人Nさん、元雑貨I社の営業Mさん、Oさんの旦那さん、そしてOさんと濃いメンバーが揃った。挨拶そっちのけで料理を貪り始める我々。

それにしても、ハワイのNさんとアクセサリのOさんの殴り合いはいつもガチだ。相変わらず旦那さんの目の前でも平気で剛速球を投げ続けるNさん、クロスカウンターを返すOさん。まさに男と男の殴り合いだ。Oさん女性だけど。今日の主役はネイルのMさんとOさんの筈なのに、完全にNさんが食ってる。留学志望の営業Mさんに「今アメリカに行っても仕事無いよ」と諭したり、割と真面目に過去の仕事話をしたり。とにかくNさんの話は面白い。多分、ここに居る誰よりも波乱万丈だ。そんなNさんも、ようやく来年初頭に出店の予定だそうだ。待ってましたよNさん!

それにしても、さっきから恐ろしい量の料理が運ばれてくる。胃が小さくなった僕にとっては、なかなかハードな量だ。これで終わりかな、と思った料理から3つ出てきた。ハラポンポンだ。そのままOさんの旦那さんと男談義したり何やりしたりしている内に22時過ぎ。解散と相成った。次はまた、どなたかの家でやっても良いかなと。

僕の知らない祖父の話

一日マスターも随分板についてきた。今日はやたらに寒いので、お客さんも少な目だ。合間合間に自分の仕事をしながら接客をする。そこへご来店頂いたのが、僕の父方の祖父と長らく仕事を共にした、天文のA先生。A先生は現役の小学校教諭でもある。たまたま今日は皆既月食と言う事もあり、折角なので色々と聞いてみたのだが、そこから意外な話を耳にした。祖父の話だ。

僕の祖父は、僕が5歳の頃に癌で他界した。記憶に残っているのは、微笑みながらロッキングチェアでゆらゆら揺れている姿、それくらいだった。オトンからも「酒癖が悪かった」くらいしか聞かされていない。祖父は、天文学者だった。

自宅に残されていたのは、数えきれないくらいのレンズと望遠鏡、見た事も無いような難しい数式ばかり書かれている専門書、多機能ながら結果が出るまでに数秒かかる電卓などなど。意味は解らないけど、何だか興奮するようなものばかり揃っていた。僕が初めてコンピュータの世界に触れた『NHK マイコン入門 57年度』もここで発見している。

A先生は、学生時代に苦労して貯めたお金で祖父から望遠鏡を買った話をしてくれた。祖父は学者でもあり、職人でもあった。何と、一から望遠鏡を作り上げるのだ。ものの無かった時代、それこそ血の滲むような努力や苦労を積み重ねて作り上げたであろう望遠鏡。売り物として作った望遠鏡も、息子のように大事に取り扱っていたとの事だった。

物心ついて、祖父の仕事を理解した時には既に長い年月が過ぎていた。今、こうやって僕も技術者の端くれとして生きている。あのマイコンの本があったお陰で、今こうやってコンピュータで仕事してるんよ、なんて話がしてみたかった。技術者や職人としての話を聞いてみたかった。A先生の話を聞きながら、ずっとそんな事ばかり考えていた。

Home > Archives > 2011-12-10

Search
Feeds
Meta

Return to page top