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2009-12

暴飲暴食は避けましょう

年末恒例、按摩師N宅での忘年会に行って来た。メンバーは僕、按摩師N、金庫番Hの3人。近江鶏を大量に仕入れてきた按摩師Nが豪快に鍋へブチ込み、それをハフハフするという内容だった。美味しいのだが、歯応えが凄い。大量にむさぼったのだが、今思えばこれが悪かった。

按摩師Nは、僕の為に甘ったるい酒を用意してくれていた。みかんか何かの飲みやすい酒だったのだが、これを飲んでからというもの、酔いが一向に収まらなくなってきた。身体が自然に振れだし、自分でも意味の解らない言葉を発し始めたのだ。マズいと思った時には、もうすでに制御困難な状態にまで陥っていた。酒を飲んでここまで悪酔いしたのは、これが初めてだ。ちなみに飲んだのは缶酎ハイ500mlを1本、みかん酒(アルコール7%)をミニグラスで2杯。

まさかこんな程度で潰れるとは思っていなかったらしく、また一度もこんな状態を晒した事が無かったので、按摩師Nもちょっと動揺したようだ。年越しを迎える間も無く、帰宅を勧められた。僕自身も相当ヤバいと理解していたので、大人しく帰る事にした。道中、リバースの気配を悟り、家路を急ぐがフラフラでどうしようもない。何とか帰宅し、その後僕史上2度目のリバースを体験した。

今年最後の日記がこんなんで申し訳無い。

2009年備忘録

今年もよく頑張りました。

  • 会社を辞めた(5月)
    良くも悪くも今年最大の出来事。今の所、何一つ後悔はしていない。新人さんに引継ぎを行うのは良い経験になった。その後、新人Kさんは元気にしているだろうか。
  • 独立に向けて始動(6月~)
    幾つかの偶然が重なり、町家にて事務所を構える事に。同時に、母の喫茶店の移転も行った。また、商工会議所にお邪魔し、短期間ながらかなり多くの事を教わり、かなりの数の仲間が増えた。10月以降は本当に収穫の多い日々を過ごしている。
  • ピアノが上達した(3月)
    長年セッションの相手をしてくれていたギターのY君が名古屋へ転勤。それに伴い、自分で何とかせねばという気持ちになり、結果1年でそれなりの上達ぶりを見せた。何より、動じなくなった。これが一番大きいと思う。
  • 病気の知らせが続々と
    同年代の友人(全て女性)から次々と病気や入院などの知らせが舞い込んだ。幾つかの知らせには本気で凹むものがあり、来年はみんな健康であって欲しいと願うばかりだ。
  • 淡路島へ行く(6月)
    淡路島に行ったのも初めてならば、自分で車を運転して旅行に行ったのも初めてだ。最初はかなり緊張した。それ以外にも色々あったのだが、ここでは伏せておく。
  • 単車の免許を取りに行く(9月~10月)
    これは本当に新鮮な経験となった。緊張感と面白さでは今年一番のイベントだ。実はまだ免許の書き換えに行けていない。

部屋のレイアウトどころでは無い

。

やる事が多過ぎて、にっちもさっちもいかなくなっている。とにかく荷物を運んで、事務所の形を作らねば。スペースは沢山あるのだから、出来るだけそれを有効に使いたい。道中、家具の宝島でオフィスチェア購入。やや背もたれの可動域が小さいが、値段の割には悪くない。次は本棚か、と思いつつ伯母から譲り受けたホットカーペットでゴロゴロ。いかん、こんな事をしている場合ではない。

多分、地獄になるのは1月に入ってからだと思う。元旦始動もやむなし。

忘年会で4人同時プレイ

量が多い。

学生時代の友人達と忘年会。今度は2~3回生の頃のメンバーだ。と言っても、みんな横のつながりは広いので、共通の友人は多かったりする。A社長、I社長婦人、A君、戦うO君、厚着のTが参戦。序盤はキムチ鍋とおでんという、珍しい組み合わせの晩飯を食い続けた。

宴はここから始まる。

21時頃、おもむろにWii起動。そして始まる、『NewスーパーマリオブラザーズWii』。この日の為に、各人わざわざ家からコントローラを持参してきたのだ。4人同時プレイの宴が、今始まる。ちなみに、持ち主の社長がわずかに経験があるだけで、後は全員初体験。説明書は一切読まないオールドスクールスタイル(?)だ。

スタートしてすぐに気付いたのだが、画面がかなり細かい。4人の距離が開けば開くほど、画面がズームアウトして豆粒のようになる。満足にプレイしようと思えば、かなり大き目の画面が必要なようだが、我々は気にしない。過酷な環境で育ってきたファミコン世代を舐めてもらっては困る。それよりも問題なのが、各プレーヤーの動き。慌てて押し合いになったり、釣られて集団で崖からダイブしたり、迂闊に蹴った甲羅が前に居たプレーヤーの後頭部を直撃、とお互いの足を引っ張り合う我々。恐らくこのゲーム、一人でプレイしたほうが簡単だと思う。

懐かしい感覚でいっぱいだ。

今日のメンバーは6人なので、4人が遊んで、残機がゼロになった人が待機中の2人と交代するという、これまたオールドスクールなやり取りが発生。「ゲームの順番待ちなんか、何年振りやろ」と社長が呟いたのが印象的だった。そう、社長宅は今や、童心に返った三十路でいっぱいだ。悲鳴と怒号の内容は、どれも昔のものと変わらない。

順当にステージを攻略していく我々。みんな意外と敵の名前がスラスラ出てくる事に驚いた(ハナちゃん、ワンワン、アトミックテレサなど、懐かしい敵が多い)。しばらく遊んでいて感じたのだが、内容がマリオ3に近いように感じる。幾つかのギミックはスーファミのランドから来ているようだが、ステージ構成やマップ構成が、どうもマリオ3とダブって見えて仕方ない。もう一つ感じたのだが、このマリオ、難易度がかなり高い。明らかに殺しに来ているギミックや、何の前触れも無い攻撃は、今の子供の目には『理不尽』と映るかもしれないが、個人的にはこの難度は大歓迎だ。アクションの難しさとは逆に、謎解きの部分はアッサリしている印象も受けた。

見ているだけでも十分面白いし笑える。

日付をまたいでもゲームは続く。各人かなり操作にも慣れてきたようだが、ステージも相当難しくなってきており、チームプレイも徹底されておらず死傷者が後を絶たない。ここで社長が、『Aボタンを押すと、自ら泡に包まれて退避出来る』という事に気付いた。今まで細い足場を4人で押し合いながら渡っていたのは何だったのか。この辺りも『説明書を読まない』子供にありがちな話だ。以降、難しそうなシーンになると泡に逃げるというチキンプレイを繰り返す輩が続出。引き篭もりブームが巻き起こった。

午前3時、最終ワールドであるワールド8に到達。どうした事か、各人の目は冴え渡っている。これだけの長時間プレイをしているのに、誰一人疲れたとも言わず、ここまでやってこれた。あと少しで全クリだ。かくして始まる8-1。ここで我々は、沢山の屍を生むことになってしまう。

面白いもので、大きな壁が現れると、それを越えるために自然とチームプレイが生まれてくる。各人が声を出し、フォローに回り、時には身を投げ出して進路を切り開いていく。数時間前までは罵倒しあっていた僕たちが、ここまでやれるようになった。スポーツドラマの最終回みたいだ。エースは壁ジャンプやプロペラの扱いに長けていたA君。ここぞと言う場面では、彼が必ず何とかしてくれた。こうして一つずつステージを突破していき、最後に現れたのはクッパ城。

勝った瞬間、甲子園で優勝したみたいになった。

あと一息、いやがおうにもテンションは上がるが、最後のクッパがどうしても倒せない。みんなでエースであるA君を守ろうとするのだが、飛んでくる炎や地形が嫌らしく、なかなか前に進むことが出来ない。集中力も切れ始め、これはいよいよマズいかと思われた10数回目の挑戦。時計は午前4時半を指そうとしていた。A君が、クッパを倒した。

ここ数年、ゲームでここまで盛り上がった事は無かったように思う。このゲーム、際どい所でとても上手くバランスが取れており、パーティーゲームとしても最上級の面白さだ。これはひとえに、任天堂のゲームデザイナーが優れているからだろう。これだけ長時間遊んで一度も飽きず、手を止めようとはしなかった。色んなギミックにドキドキさせられ、単純に悔しがり、単純に喜びを露にした僕らは、あの頃と同じ姿になっていた。

年末に冴え渡る僕

この価格でこれは反則。

ヨガのHさんの新居へお邪魔した。事前に話は聞いていたのだが、ハンパ無い立地の良さ、ハンパ無い広さ、ハンパ無い綺麗さ、ハンパ無い家賃を兼ね備えたレッスンスタジオに呆然とする。有線まで完備。これはマンションと言うより、テナントだ。

今日はネットや印刷物の話でお邪魔したのだが、何故か電球を替えたり、カーテンレールを外したり、簡易更衣室を作るためのアイディア出しなどを行っていた。特に面白かったのが簡易更衣室の件で、奇跡的な偶然の連続で解決出来てしまった。

  • 部屋を仕切っていた3枚引き戸が邪魔なので外す
  • 外した引き戸を部屋の隅に置く為、邪魔なカーテンレールを外す
  • 簡易更衣室の間仕切りで悩む
  • 何となくカーテンレールを更衣室スペースに当てると、ジャストフィット
  • 引越し前に使っていたカーテンを吊るすと、簡易更衣室の出来上がり

カーテンは窓から1m近く離れた場所に吊るされている。

この日僕は、年に1回あるか無いかの冴え具合を見せ続けた。自分が自分で無いような感覚に陥って楽しかったのだが、どうせならもっと貴重な場面で発揮したいとも思った。Hさんには喜んでもらえて良かったのだが。

事故現場に遭遇

1号線で事故現場に遭遇する。僕が見た時には、担架に載せられた被害者が救急車に載せられる所だった。頭から血を流して横たわってはいたが、自分の荷物を心配する程度の余裕はあるようだった。それを見て安心したのだが、車のほうに目をやると、ワゴン車の前輪に巻き込まれ、完全に押し潰された自転車が見えた。という事は、相当ハードな事故状況だったのだろう。ぞっとした。

夕焼けに映える謎の塔

その昔、僕がまだ音楽をメインにご飯を食べていこうと思っていた頃の話。師と仰ぐサウンド学科の先生に呼ばれ、自宅兼スタジオに招かれた事があった。この日、僕は初めて作品を誉められたのだが、それと同じくらい記憶に残る出来事があった。それがこの、PL塔との遭遇だった。夕日に照らされたその塔が、未だに僕の脳裏に焼きついている。衝撃だった。京都からはかなり遠いのだが、一見の価値はあると思う。

接客業ならではの緊張感

満員御礼。

今日が年内最終営業日という事もあり、母の店は何度も満席を迎えた。北大路に移ってからというものの、僕は積極的に店へ顔を出すようになり(2Fが事務所なので当たり前なのだが)、色んな事を感じる機会が増えた。特に感じたのが、『接客業』ならではの緊張感。今までもずっと人と接する仕事をしてきたのだが、やはり接客業での接し方は一味違う。自分の中で、何処に線を引くか(=精神的な距離感)を考えながら仕事をするのは、結構面白い。

夕方、従兄妹の子供たちが来店した。僕がここに居るとは思わず、かなり驚いたようだったが、その後は遊んでくれとせがまれて困った。目の前には、恐ろしい量の洗い物があるのだ。必死になって洗い物を片付け、子供を事務所へ招待し、大外刈りを見舞って一件落着。

明るく楽しい同窓会

酷いバカ話ばっかりだった。

学生時代の友人と同窓会。4回生の時の友人達で、毎年この時期に誘ってもらっていたのだが、仕事でどうしても顔を出せなく、今回は3年振りの参戦。久しぶりに会えるという事で、やや興奮しながら大阪駅を出た。

程無くビックマン前で遭遇したのが、K君、Yさん、N君、T君、S君。卒業して10年経つが、体型以外は特に何も変わらないメンバーが嬉しかった。逆に言えば、体型が異常に変わっている人が1人居るのだが。首とアゴが一体化したかのようなYさん、一体何があった。

程無く1品300円と実に解りやすい居酒屋へ移動、まずは乾杯だ。ここで6人中3人が烏龍茶をチョイスするという奇跡を目の当たりにする。残った3人も全員酎ハイという、やや異様な光景。更にN君が注文したハチミツから揚げや、DMT(=だし巻きたまご)のネーミングに全員が首を捻るという事態も起こり、個室は熱気に包まれた。

どの年代の同窓会でも、必ず出てくるのが旧友の生存確認情報。普通ならば、何処へ転勤しただの誰と結婚しただのと盛り上がる場面だが、流石我が母校、「卒業後からずっと引きこもっている」「パチプロになって以降連絡が取れない」など、ハードコアな情報が飛び交う。かくいう僕も、全然人の事を言えない経歴なのだが。

それでも『家のローン』や『責任ある立場』、『子供の教育』なんて単語も飛び出したりして、嗚呼我々も歳を食ったんだなあと思わされるシーンがあった。一人『円高でFXが火を噴いた』との発言をしたYさん、大丈夫か。というか本当に何があった。

3時間ちょっと店に居座り、ほぼ学生時代と変わらないネタでずっと笑っていた我々。何かと暗い話ばかりしがちだった今日この頃だが、今日は本当に明るく楽しい同窓会だった。あの頃は毎日こんなんだったなあと思い出し、ふと寂しい気持ちにもなったが、今は今で面白い事も沢山あるのだから良しとする。それでは、また来年。

デカい窓と騒音問題

まだ何も無かったりする。

事務所は通りに面しており、結構騒音が大きい。僕はそれほど気にしないのだが、やはりお客さんが来た時に具合が悪いので、幾つか防音の手段を考える事にした。

一番手軽なのは防音カーテンなのだが、2chなどで調べると、正直気休め程度の効果らしい。が、他の防音対策と組み合わせる事で、それなりの効果を発揮するとも。

次に、窓ガラスをペアガラスという2重ガラスに換える方法。従兄妹のAちゃんによると、防音や断熱効果が抜群に高まるらしい。というより、今はまっているガラスが薄い1枚もので、間口も部屋の端から端までとかなり広い。これは効果はありそうなのだが、ちょいと高額なのだ。

そして現在最有力なのが、トステムの『インプラス』。窓枠をもう一つ付けて、窓を2重にするという方法だ。これ、どうやら自分一人でも付ける事が出来るらしい。その分価格もリーズナブルなようだ。

取り敢えず、間取りをもう一度計って検証する事にする。

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