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La-Mulanaと僕

  • 2012-07-15 (日) 0:35
  • 日常


デバッグチームの一員として関わらせて頂いていた、考古学アクションゲーム『La-Mulana』のWindows版が、先日全世界にリリースされた(日本語版/英語版)。内容については、上記の動画を見て頂くのが一番早いと思う。スルメの様に噛みごたえのあるゲームなので、画面を見てピンと来た方は是非ご購入を。たったの1,200円で、ボリューム満点な遺跡の謎に挑み放題です。

ここのブログでも何度となく書いているんだけども、昔、僕はMSXというテレビに繋げるホームパソコンを愛用していた。小学2年生の時に買って貰った、初めてのパソコンだ。BASICという初心者向けプログラム言語を使い、当時のファミコンブームを尻目にMSX漬けの毎日。雑誌や本に掲載された投稿プログラムを毎日入力しては遊び倒していた。性能的にはかなり貧弱な部分もあったけど、それでも当時の僕にとっては、これ以上無い最高のコンピュータだった。

一時期は爆発的に売れたMSX、残念ながら90年代中頃には他機種の性能やシェアに押され、衰退しきってしまう。僕の周りからもユーザーが消え、また僕自身もMSXから離れてしまった。3台所持していたMSXは、棚の中で静かに眠る事になる。代わりに僕の部屋には、Windows95が搭載されたPC-9821がやって来た。

僕がMSXという文字を再び目にしはじめたのは1999年の事。インターネットが普及しはじめ、各地でかつてのユーザー達が草の根活動を始めたのだ。MSX・FANなどのプログラム投稿者さん達のサイトを巡り、懐かしい気持ちになりながら情報を読み漁っていたある日、とんでもないサイトに行き当たった。

『GR3 PROJECT』。

何と彼らは、MSXより遥かに高スペックなPC上で、敢えて厳しい制約があるMSX風の表現(というより、MSXまんま)でゲームを作っていたのだ。処女作『GR3』の完成度たるや、知らない人が見たら間違い無く実機上で動いているアレの新作と思ってしまう程の出来。あのカクカクの8ドットスクロールを見事に再現している。言っちゃ何だが、こんな奇特な人間見た事が無い。あまりにもニッチ過ぎる。

調べてみたら、作ったのは僕とほとんど歳の変わらない『ならむら』『サミエル』『duplex』というアマチュアクリエイター3人組だった。リーダーのならむら氏が運営していたMSXゲームの情報サイトで3人は知り合ったらしいのだが、実はこの3人、リアルでは一度も顔を合わせる事無く創作を続けているらしい。現在ならそんな話も珍しくは無いかもしれないが、この時まだ世は2001年。恐ろしくレアなチームだった。

そんな彼らが、今度はアクションゲームを作るとアナウンスする。『ガリウスの迷宮』から強い影響を受けているというその作品こそ、考古学アクションゲーム『La-Mulana』だった。2001年にプロジェクトがスタートしたのだが、完成するまで実に5年。途中、体験版などが公開され、じっと待ち続けた2006年6月についに完成版がリリース。


異常な完成度だった。グラフィック、BGM、効果音(セーブロードの音は必見)、シビアな操作性、強烈な難度の謎解き、更には説明書まで、ありとあらゆるものがMSX。MSXユーザー、それもコナミ好きだったら確実に絶叫する危ないネタも満載。最早、奇特という言葉で済ませられるレベルでは無い。Dr.Dの言葉を借りるならば『怨念めいている』。La-Mulanaは、かつてのMSXユーザー達を狂喜乱舞させ、MSXに触れた事の無い層にまでも響く面白さを持っていた。当時ジャズピアノに挫折し凹み倒していた僕は、部屋の明かりを消し、クリア出来るまでの1か月間毎日La-Mulanaを遊び続けた。僕の部屋に、MSXが帰ってきたのだ。エンディングを見た時、僕は泣いた。

ところで同じ2006年、国内でもう一つ、尋常ならざる出来のフリーソフトが公開されている。『開発室Pixel』の『洞窟物語』だ。こちらも開発期間は5年(正確には6年)、学生時代からの友人である天谷君がたった一人で作り上げたゲームで、僕もデバッグチームの一人として関わらせて貰っている。洞窟物語はスーパーファミコン風の仕上がりになっており、あらゆる面でLa-Mulanaと好対照な存在だった。ファミコンvsMSX、再び。

2007年、驚くべきニュースがユーザーの元に届けられる。GR3 PROJECTの3人が新たにプロのゲーム制作スタジオ『NIGORO』として再出発を果たしたのだ。MSX発のフリーゲーム開発者たちが、プロとなってゲーム業界に殴り込みをかける。MSXユーザーとして、これほど嬉しいニュースは無い。きっと彼らならとんでもない事をやってくれるだろうと信じていたが、その一方で不安もあった。MSX風以外のプラットフォームでは、どんな作品が作れるんやろうか、と。

その後、『薔薇と椿』といった濃いFlashゲームなど多数のリリースを経て、2009年、La-Mulanaのリメイクが発表された。恐らく来るだろうとは思っていたが、サンプルの画面を見た時のドキドキ感は今も忘れられない。長い開発期間を経て、2011年6月、WiiWare対応ソフトとして『La-Mulana』が帰ってきた。

言葉を失った。これを、元アマチュアのクリエイターが、たった3人で?

原作からの正統進化なのは間違い無いけども、ドット絵、キャラのアニメーション、音楽、演出、どれをとっても進化の具合が狂っている。拘って、拘って、拘り倒して作り上げられている。更にマニュアル。こちらから見る事が出来るのだが、わざと80年代風のデザインにし、わざとゲーム画面を写真撮影して取り込み、わざとPhotoshop上で裏写りやシワを入れた上でpdfデータにしたそうだ。実際に製本したものを汚して取り込んだ訳では無いらしい。そんな手間な事、普通の人間はやろうとしない。だが、彼らはやり遂げてしまった。何もかもが常軌を逸している。

残念なことに、僕はWiiを持っていなかった(手元にあるコンシューマ機はNEOGEOとツインファミコンだけ)ので、実際に遊ぶ事が出来なかった。La-Mulanaの為だけにWiiを買おうかどうか、かなり真剣に悩んでいたのだが、そんな時に全く予想しなかったニュースが舞い込む。『洞窟物語』のコンシューマ版リリースを機に、開発室PixelとNIGOROが繋がったのだ。天谷君とならむらさんのツーショット写真を見た時、僕は相当に取り乱した。

話は更にとんでもない方向へ進む。「洞窟物語のイベントをお台場でやるので、天谷君と一緒に壇上に上がって裏話をして貰えませんか」とNIGOROの運営元である『ASTERIZM』のパンダさんから打診を受けたのだ。NIGOROの神様たちに会えるどころか、横に並んで、トークショーをする。何それ。どうなってんの。事前の打ち合わせでならむらさんとお会いした。平静を装いつつも、神様を目の前にして頭がおかしくなりそうだった。イベント当日の様子は、こちらに長々と書かせて貰っている

以来、NIGOROの皆さんと仲良くさせて貰うようになり、更にはデバッグチームに入りませんかと誘って貰えた。手渡された開発中のWindows版La-Mulana。心底ハードで、心底面白いゲームだった。オリジナルの要素を、ものの見事に昇華させている。作り込まれた演出や罠に何度も驚かされ、果てしなく強くなった敵に悩まされ、乗り越える度にやってくる強烈な達成感の虜となった。エンディングを見た時、僕はまた泣いた。

僕は幸せ者だ。『洞窟物語』と『La-Mulana』、それぞれお互いを代表する作品であり、アマチュアからプロへ転向するキッカケになった作品。その偉大な2つの作品を、これほど近くから見届ける事が出来ようとは。Windows版La-Mulanaが販売されたと同時に購入をしたのは、僕なりの感謝の気持ちだった。オリジナルの体験版を遊んでから、今年でちょうど10年になる。ずっと楽しませてくれた彼らに、少しでも早く恩返しがしたかったのだ。

時を同じくして、海外版La-Mulanaもリリースされた。Wiiware版は国内販売のみだったので、海外ユーザーはこの日が来るのを心待ちにしていたのだ。英語で、スペイン語で、ドイツ語で、フランス語で、アラビア語で。様々な場所で、彼らの興奮を見る事が出来た。きっと今頃、遺跡の中で僕と同じように幸せな悲鳴を上げているに違いない。

ゲーム制作スタジオ『NIGORO』。彼らは強い。彼らはブレない。次はどんなゲームが飛び出すのか。きっとまた、とんでもない事をやってくれるんだろうと信じている。

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