Home > Archives > 2009-11-07

2009-11-07

喫茶店に立つ

二年振りに母親の店に立った。ボランティアとは言え、久々の立ち仕事だ。来週で一旦閉店するという事で、小さい店にお客さんがガンガン来る。その為の臨時店員という訳だ。あまり何も考えずに顔を出したのだが、ブランクの割には意外に身体が覚えていて驚いた。

2年も経つと、手順や状況判断などの考え方がゴロッと変わる。以前に比べれば、随分良い動きをしていると自分では思っている。頭が働いているうちは、だが。

仕事後、京大近くのコピー屋さんへ立ち寄った。B4以下なら1枚4円、50枚以上で1枚3円、501枚以上で1枚2円という破格中の破格だ。何故もっと早くに知らなかったのか、心底悔やまれる。これで採算が取れるのならば、FedEx Kinko’sの料金設定は一体何なのか。

その後、自分のどんくささから五条・四条間をダッシュしたりするハメになった。自分のイケてなさを心底呪う。ジェットコースターのような一日だった。

ファッションと妥協

昔から僕と付き合いのある人は知っていると思うが、僕は学生時代、オシャレと呼ばれるゾーンの対極に居た。と言うより、そうならざるを得ない状況だった。簡単に言えば、服のサイズが無い為、普通の店で服を買う事が出来なかったのだ。加えて言えば、僕はデブだった(86~88kg、現在より+10kg)。

今でこそ街中でXXLサイズの服を見かけるようにはなったが、僕の学生時代にはB系ぐらいしかデカいサイズは存在しなかった。必然的に、僕はスーパー等の『大きいサイズ』コーナーへ吸い込まれる事になる。絶望的にバリエーションが無いそのコーナーで、僕は長らく冬の時代を過ごした。自分が気に入った服を着られた例が無かったのだ。

『アメ村』というデカいサイズの宝庫を見つけたのは、学生卒業後の事だった。パッと見はB系の山だが、幾つかのセレクトショップではカジュアルなものも扱っていた。ここで僕は、生まれて初めて『自分好みで着用できる服』を探し当てる事に成功する。服選びに妥協する事が無くなったのだ。この時の嬉しさは、今でも忘れる事が出来ない。

その後、ダイエットを行う事で、僕のファッションバリエーションは驚くほどの広がりを見せた。あれだけ拒んでいたジーンズを何本も所持し、タンスの中はシャツで溢れ返り、苦しいローテーションでシーズンを過ごす事が無くなった。今では京都にもセレクトショップが増え、僕は幸せな日々を過ごしている。

Home > Archives > 2009-11-07

Search
Feeds
Meta

Return to page top